LOGIN黒装束の刺客たちが床に降り立つ。
一人は短剣。
一人は魔法杖。 一人は手斧。装備に統一感はない。だが、三人から放たれる殺気は同じ方向を向いている。
狙いは、魔王の娘ルナリス・ヴェルグリム。「ソフィア!」
アルヴィナの声が広間に響いた。
「可能な限り生かして捕らえなさい! 背後関係を調べる必要があります!」
「了解」ソフィアは即答した。
それを聞いて、ルナリスは少しだけ目を細める。「へぇ。殺さないんだ」
「団長命令ですので」 「命令がなかったら?」 「ぶっ殺します」 「そこは少し取り繕いなさいよ!」ルナリスの抗議に答える暇はなかった。
短剣を持った刺客が、床を蹴る。速い。
並の騎士では目で追うことも出来ない速度。 その瞬間、ソフィアはこの刺客がただの雇われじゃないことを悟る。気になることも多々ある。しかし、今は迎撃が優先。そして、相手の動きは、ソフィアにとっては遅すぎた。
「一人目」
ソフィアの姿が消えた。
否、そう見えただけだ。あまりにも無駄のない踏み込みにより、周囲の視線が追いつかなかったのである。「がっ!?」
刺客の手首から短剣が弾け飛ぶ。
次に膝裏を蹴られ、体勢が崩れたところへ首筋に剣の柄が入った。刺客は白目を剥き、その場に崩れ落ちる。
「見てくださいルナリス様。これが未来の貴方の姿です」
「やっぱりあんた、私のこと殺す気じゃない!」 「失礼。本音が漏れました」 「漏れてるどころか決壊してんのよ!」 「ですがご安心を。任務なので手荒なことはしません。ルナリス様は斬らず、折らず、気絶させませんので」 「当たり前よこの馬鹿!」 「仲良く喋っている場合ですか!」アルヴィナの鋭い声。
だが、それはソフィアに向けたものではなかった。魔法杖を持つ刺客が、巨大な黒炎を生み出していた。
その炎はただの炎ではない。魔力を食らい、肉体ではなく生命力そのものを焼く呪いの炎。 広間にいた騎士たちが一斉に顔を強張らせる。「黒炎……魔族の魔法か!?」
誰かが叫んだ。
その瞬間、広間にいる人間側の騎士たちの視線が、僅かにルナリスへ向いた。ルナリスはそれに気づいた。
――あぁ、またか。
ルナリスの心の声は、諦めの感情が滲んでいた。自分が攻撃されている側であるにもかかわらず、疑いの視線が向けられる。
慣れている。 そう思っているはずなのに、胸の奥が冷たくなる。「……これだから人間は」
小さく吐き捨てた、その時だった。
「貴方達の目は節穴ですか? 明らかに違うでしょう」
ソフィアが言った。
ルナリスは顔を上げる。「あれは魔族の黒炎ではありません。人間の術式です。見てくれは似ていますが、模倣が粗すぎます。あれでは魔力の流れに歪みが出ます」
「……あんた、分かるの?」 「魔族を斬るために学びました。魔族の魔法を知らずに、魔族は殺せません」 「ほんっとうに言い方!」ルナリスは頭を抱えたくなった。
けれど、少なくとも今この瞬間、ソフィアは自分に疑いの目を向けなかった。黒炎が放たれる。
「伏せてください」
「また!? 今度は自分で伏せ――」言い終わる前に、ソフィアはルナリスの頭を片手で押さえた。
ルナリスの身体が強制的に低くなる。「ちょっと! 姫の頭を雑に押さえるな!」
「本来なら適当に殴って地面に転がそうとしたのです。相当配慮しましたよ」 「はいはいありがとうね! あんた、絶対いつか痛い目にあわせてやる!」黒炎が向かってくる。
ソフィアは無感情に剣を横に振るった。ただの一閃。
それだけで、黒炎が左右に割れた。「なっ……!?」
魔法杖の刺客が驚愕する。
ソフィアはすでに、その懐へ入っていた。「二人目」
剣の柄が腹に入る。
さらに足を払う。 刺客は床へ叩きつけられ、呼吸すら忘れたように悶絶した。「団長、二人目も生きています。」
「偉いわ、ソフィア!」アルヴィナが即座に褒めた。
ソフィアは僅かに振り向く。「ありがとうございます。ですがもう少し痛めつけてもよろしいでしょうか?」
「よろしくないわよ?」 「難しいですね」 「何が難しいのよ……」ルナリスは本気で呆れていた。
残る刺客は一人。
手斧を持つ黒装束は、すでに戦意を失いかけていた。 無理もない。三人で奇襲を仕掛け、二人が瞬く間に制圧されたのだ。「ば、化け物め……!」
刺客が叫ぶ。
「人間のくせに、魔族の姫など守りおって! 恥を知れ! その女は魔王の娘だぞ! その血がどれほど我らを苦しめたか、忘れたか!」
その言葉で、広間の空気が凍った。
ルナリスは声を出さなかった。 ただ、少しだけ唇を噛んだ。「我ら、か」
ソフィアはつまらなそうに呟いた。
それを意味するところは一つ。「魔力の感覚からそうではないかと思っていましたが、やはり魔族を騙った人間だったのね」
アルヴィナは結論付けたのと同時に、嘆息する。
一体、どこから情報が漏れたのか。「ソフィア、最後も殺さずに確保してください。三人もいれば、あとで多少乱暴に扱っても大丈夫なので!」
「あんたのとこの団長さんもだいぶ物騒よね」 「くれぐれも怒らせないでください。穏健そうに見えて、中には魔物を飼っていますので」 「聞こえているわよ、ソフィア?」 「……さて、目の前の状況を整理しましょう」都合が悪くなったソフィアは目の前の敵に再集中することにした。
刺客は人間。魔族ではない。
なんと、魔王の娘を殺すために、人間が人間の王城で凶行に及んだのだ。「聞いたか、聖騎士! お前は斬る相手を間違えている! 人類最強ならば、そこの魔族を斬れ! それが人類を守るということだろうが!」
ソフィアは沈黙した。
刺客の言葉は、よく分かる。
魔族は敵である。 魔族は斬るべき相手である。 その考えは、ソフィアの奥底に深く根を張っている。だが。
「団長」
ソフィアは剣を構えたまま、静かに尋ねる。
「私は今、誰を守ればよろしいでしょうか。人間ですか? 魔族ですか?」
アルヴィナは即答した。
「命令を忘れましたか? 貴方が守るべきはルナリス・ヴェルグリムです」
「承知しました」ソフィアの碧い瞳が、刺客を射抜く。
「では、私は間違えていません」
「何だと……!?」 「私は魔族が嫌いです。魔王の娘など、本来なら近づくことすら嫌です。なんならぶっ殺したい本能と戦っています」 「そこまで言う!?」ルナリスのツッコミが飛ぶ。
ソフィアは構わず続けた。「ですが、今の私はルナリス様の護衛です。彼女を殺そうとする者は、たとえ人間であろうと排除します」
「貴様……!」 「ただし、団長命令により殺しません。半殺しです。そこは感謝してください」 「なめるなァ!」刺客が近づき、手斧を振るう。
黒光りする頑丈な刃が、ソフィアの首を狙う。ソフィアは動かなかった。
斧が届く寸前、彼女は左手で相手の腕を弾いた。「なっ!?」
「三人目」胸倉を掴み上げる。刺客の身体が宙に浮いた。
そして、ソフィアはそのまま床へ叩きつけた。「がはっ!」
刺客は動かなくなった。
骨が折れた音はしなかった。気絶はしているが、生きている。「制圧完了です」
ソフィアは剣を収めた。
広間に、ようやく静寂が戻る。騎士たちは刺客を拘束し、文官たちは慌ただしく動き出した。
アルヴィナは額に手を当てながらも、どこか安堵したように息を吐いている。そんな中、ルナリスはソフィアを見ていた。
「……あんた」
「はい」 「本当に魔族が嫌いなのね」 「大嫌いですね」 「本当に私のことも嫌いなのね」 「まだ貴方個人を知りませんので、正確には魔族として嫌いです」 「細かいわね。しかも全然嬉しくない」 「申し訳ありません」 「でも」ルナリスは少しだけ視線を逸らした。
「……守ってくれたのは、本当なのね」
「はい。護衛ですので」 「任務だから?」 「当たり前です。任務だからですよ」即答。
迷いなし。 情緒なし。 およそ護衛としてはゼロ点の回答だ。 ルナリスはしばらく黙ってから、ふっと笑った。「ほんと、最低の護衛ね」
「変更を希望されますか」 「いいえ」ルナリスは顎を上げた。
魔王の娘らしく、不遜に。 それでも、その赤い瞳には先ほどまでとは違う色があった。「人類最強なんでしょう? なら、せいぜい私を死なせないことね」
「承知しました」 「あと、次に私を横抱きにしたら噛むわ」 「魔族は本当に噛むのですね」 「比喩よ!」広間にいた何人かの騎士が、思わず吹き出しそうになった。
アルヴィナは咳払いを一つ。「ソフィア、ルナリス殿下。詳しい話は場所を移してからにしましょう。どうやら、この王城も絶対に安全とは言えなくなりました」
その言葉に、ソフィアは頷く。
「では、すぐに出発を?」
「ええ。予定を早めます。和平会議の地、ラディア中立都市へ向け、明朝出立します」 「明朝……?」ルナリスが露骨に顔をしかめた。
「長旅になるのよね」
「はい」 「人間の国の食事って、まずいんじゃないでしょうね」 「携帯食は硬く、味は薄く、栄養効率に優れています」 「最悪じゃない」ルナリスは本気で嫌そうな顔をした。
「私、魔王の娘よ? 和平の証よ? もう少し甘いものとか出ないわけ?」
「甘いもの……ですか、ふむ」ソフィアは少し考える。
「王都の焼き菓子は、兵站部の騎士たちに人気です」
「焼き菓子?」ルナリスの赤い瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「ええ。私も食べたことありますが、中々の味だと思います」
「……ふーん。人間の菓子ね。興味なんて全然ないけど、和平のために知っておく必要はあるかもしれないわね」 「では、出立前に用意させます」 「別に楽しみにしているわけじゃないから」 「分かりました。それでは、任務上必要な物資として申請します」 「菓子を物資扱いするな!」こうして。
魔族嫌いの聖騎士ソフィアと、人間嫌いの魔王の娘ルナリスは、翌朝、和平会議の地へ向けて旅立つことになった。
仲良くできるわけがない。
互いにそう思っている。だが少なくとも、ルナリスは少しだけ知った。
この最悪な少女騎士は、言葉が下手で、魔族嫌いで、情緒がなくて、横抱きが雑で、菓子を物資扱いする。
けれど。
自分を守ると言った言葉だけは、どうやら嘘ではないらしいのだと。
魔王の娘、ルナリス・ヴェルグリムは眠れなかった。 王城内に用意された客室。 ふかふかのベッド。清潔なシーツ。香りの良い花。窓の外には、まだ夜明け前の王都が広がっている。 和平の証として送られてきた魔王の娘に対し、人間側は腹立たしいほど丁寧だった。「……気に入らないわね」 ルナリスはベッドの上で膝を抱え、小さく呟く。 人間は嫌いだ。大嫌いだ。 魔族を恐れ、憎み、都合の良い時だけ和平を口にする。 そんな連中に用意された部屋で、安心して眠れるほど、ルナリスはお人好しではない。 それに――。「ぶっ殺したい本能と戦っています、ね」 昨日会ったばかりの聖騎士――ソフィア・ストレイルの言葉が、頭から離れなかった。 あの女は、魔族が嫌いだ。自分も嫌いだと言われた。 なんなら、殺したいとまで言い切った。 なのに、守った。 人間の刺客から。人間の王城で。人間相手に迷いもなく。「……意味が分からないわよ、なんなのよあいつ」 ルナリスはずっとソフィアのことを考えていた。 あの女の中では、矛盾していないのだろう。 魔族は嫌い。けれど護衛対象なら守る。命令なら、絶対に守る。 全く意味が分からないくせに、妙な安心感がある。 それが、ソフィア・ストレイルという人間なのかもしれない。「だからって、姫を前に堂々と殺意を宣言する必要ある?」 ルナリスは枕に顔を埋めた。 その時、扉が叩かれた。「ルナリス様。起きていますか」 聞き覚えのありすぎる声だった。「起きてるわよ。何よ、朝にはまだ早いでしょう」「出立準備の確認に参りました」「はぁ!? 早すぎない!?」 扉を開くと、そこには完全武装のソフィアが立っていた。 白銀の髪は綺麗に整えられ、鎧には曇り一つない。腰には剣。背筋は真っ直ぐ。 そしていつも通り、無駄に真面目な顔をしている。仏頂面と言ってもいいかもしれない。「早いとは認識していません。現在、夜明け前です。余裕を持った行動が生存率を上げます」「人を寝不足で殺す気?」「……困りましたね。睡眠不足は判断力を低下させます。何故こんなことが起きたのか……」「あんたよ。あんたのせいでしかないのよ」 ソフィアは少しだけ考えた。「今から寝直しますか? 今なら私も傍に控えておりますが」「一番眠りの妨げになっている奴が吐く台詞じゃないわね!
黒装束の刺客たちが床に降り立つ。 一人は短剣。 一人は魔法杖。 一人は手斧。 装備に統一感はない。だが、三人から放たれる殺気は同じ方向を向いている。 狙いは、魔王の娘ルナリス・ヴェルグリム。「ソフィア!」 アルヴィナの声が広間に響いた。「可能な限り生かして捕らえなさい! 背後関係を調べる必要があります!」「了解」 ソフィアは即答した。 それを聞いて、ルナリスは少しだけ目を細める。「へぇ。殺さないんだ」「団長命令ですので」「命令がなかったら?」「ぶっ殺します」「そこは少し取り繕いなさいよ!」 ルナリスの抗議に答える暇はなかった。 短剣を持った刺客が、床を蹴る。 速い。 並の騎士では目で追うことも出来ない速度。 その瞬間、ソフィアはこの刺客がただの雇われじゃないことを悟る。気になることも多々ある。 しかし、今は迎撃が優先。そして、相手の動きは、ソフィアにとっては遅すぎた。「一人目」 ソフィアの姿が消えた。 否、そう見えただけだ。あまりにも無駄のない踏み込みにより、周囲の視線が追いつかなかったのである。「がっ!?」 刺客の手首から短剣が弾け飛ぶ。 次に膝裏を蹴られ、体勢が崩れたところへ首筋に剣の柄が入った。 刺客は白目を剥き、その場に崩れ落ちる。「見てくださいルナリス様。これが未来の貴方の姿です」「やっぱりあんた、私のこと殺す気じゃない!」「失礼。本音が漏れました」「漏れてるどころか決壊してんのよ!」「ですがご安心を。任務なので手荒なことはしません。ルナリス様は斬らず、折らず、気絶させませんので」「当たり前よこの馬鹿!」「仲良く喋っている場合ですか!」 アルヴィナの鋭い声。 だが、それはソフィアに向けたものではなかった。 魔法杖を持つ刺客が、巨大な黒炎を生み出していた。 その炎はただの炎ではない。魔力を食らい、肉体ではなく生命力そのものを焼く呪いの炎。 広間にいた騎士たちが一斉に顔を強張らせる。「黒炎……魔族の魔法か!?」 誰かが叫んだ。 その瞬間、広間にいる人間側の騎士たちの視線が、僅かにルナリスへ向いた。 ルナリスはそれに気づいた。 ――あぁ、またか。 ルナリスの心の声は、諦めの感情が滲んでいた。 自分が攻撃されている側であるにもかかわらず、疑いの視線が向けられる。
――魔族は敵である。絶対に殺すべき敵だ。 少なくとも、ソフィア・ストレイルはそう教わってきた。 魔族の証たる角を持つ者は斬れ。牙を剥く者は斬れ。人に害を成す者は斬れ。 そこに迷いなど必要ない。何故なら、聖騎士とは魔族を斬り裂く聖剣であり、人類を守る聖盾なのだから。「――遅いです」 王都中央訓練場。 十人の聖騎士が、同時に地面へ転がった。「ぐぁっ!?」「な、何だ今の動きは……!」「見えなかったぞ!?」 悲鳴と困惑があちこちから上がる。 木剣を握った若き騎士たちは、皆、王国の聖騎士団でも精鋭たちだった。魔族との戦場を生き抜き、勲章を持ち、酒場で語れば周囲から拍手される程度には強い。 だが、その若き獅子たる十人はたった一人の少女に、一分も持たなかった。 白銀の髪をセミロングにした少女――ソフィア・ストレイルは、乱れた息一つ吐かず、手にした木剣を下ろす。 倒された若き騎士たちはその所作の美しさに、思わず息を吞む。「これで終わりですか?」 その言葉に、訓練場が静まり返った。 ソフィアに悪気はない。ただ、純粋に確認しただけである。 だが、倒れている騎士たちからすれば、煽られているようにしか聞こえなかった。「言い方言い方。ソフィアちゃんや、もう少し言い方を考えなさいな」 訓練場の端から、呆れたような声が飛ぶ。 声の主は、聖騎士団副団長ガルド・グランベーズ。長い黒髪を後ろで束ねた、少しちゃらんぽらんそうな印象の男性騎士である。「申し訳ありません。では、言い換えます」 ソフィアは少し考えた後、倒れている騎士たちへ向き直った。「続けますか? まだ動ける方から順番に、もう一度倒します」「言い換えた結果、悪化しているっつーの」「え?」 ソフィアは小さく目を見開いた。どうやら本当に分かっていないらしい。 その様子を見て、ガルドは深いため息をついた。「なんつーか……。お前さん、剣以外のことになると本当に不器用だな」「不器用? 何のことでしょうか? 私は常に手を抜かず、物事に向き合っているだけです」「それが不器用なんだっつーの」 周囲の騎士たちは何も言えなかった。 目の前の少女はまだ十六歳。 しかし、戦場において彼女の名を知らぬ者はいない。 ――銀閃光のソフィア。 魔族との戦争において、幾度も最前線を切り